卒業生の声

下司愉宇起さん

私の人生で最も学んだ時代です

歌手・指揮者・音楽プロデューサー

とちぎ未来大使・日光観光大使。一般財団法人アース エイド ソサエティ、一般社団法人音楽作家団体協議会、各理事。全日本児童音楽協会、副会長。NPO法人子どもの脳・心・生命を守る会、特別顧問。平成音楽大学講師。
 

Q1:入学のきっかけを教えて下さい。

私は音楽大学を卒業し、ショービジネスの世界に身を置いておりますが、当時は仕事にも恵まれず、自分の人生に迷っておりました。私は芸能界と美容界は非常に近い位置にあると感じています。それは相手の心と対峙するビジネスだからです。消費社会の20世紀から世の中は大きく移行し、21世紀は心の時代と言われていますが、人々の「幸福」をビジネスとするのが私たちです。そのため海外のMBAのような大会社を相手とする理論よりも、お客様と直に向き合う中小企業向けのビジネスに大変興味を抱いておりました。ハリウッドを知り得た時には「これだ!」と確信し、大きく方向転換。通常は音楽大学の大学院に進学するか、海外留学というのが一般の流れですが、私には必要なスキルと感じ、飛び込みました。

Q2:印象に残っている講義や役に立った講義は何ですか?

私は大学4年間をアカデミックな音楽大学で学びました。そこでは日夜、技術の習得や作品研究をいたします。一見美容学校に似たような印象を抱きますが、大学は専門学校のような「職人」を育成するところではなく、「研究者」を育てます。そこでは「崇高なるクラシック芸術と商売を結びつけてはいけない」というような暗黙の風潮がありました。
ハリウッドでまず驚いたのが校訓である「私たちは人々を幸福に導く美の天使」というフレーズ。よく「クラシックは堅苦しくて、我慢して聞かなくてはいけない」というような事を聞き及びますが、それはクラシックが悪いのでは無く「お客様を第一に考えていない」発信手の問題だと気づかされました。研究発表のようなプログラムでは、お客様は誰も喜んで頂けない。あたりまえの事ですが、私にとっては大きな発見でした。もちろん研究することはどの業界にも向上のために必要なことですが、あくまでお客様の需要・要望と結びついて初めて意味が生まれます。
次に私たちは「どんどん技術を磨き、お客様が満足して頂けたのであれば堂々と対価を求めてよい」という事でした。前述のように、崇高な芸術にお金のことは触れてはいけないような環境で育ちましたから。しかし人は生きていかねばならない。私は当たり前の世の中の仕組みをハリウッドで学びました。そのおかげで、音楽大学での成績はさほど良くなかった私が、気づいてみたら、音楽で生き残っている割と貴重な存在となりました。笑

Q3:現在のお仕事について教えてください。

私は歌手や音楽プロデューサーとして様々な現場で仕事をさせて頂いておりますが、主たる生業は地域の合唱団や音楽サークルの指導です。しかもコンクールに出場するようなグループではなく、小さなご高齢層のグループです。私はこの仕事に誇りをもって取り組んでいます。決してカッコ良く見えないかもしれませんが、地域のコミュニティの活性と生涯学習の場の提供は、見えない力を生み、そこから発展して信じられないような大きな仕事に繋がったことがなんどもあります。私がそう思える、この仕事に取り組もうと思ったキッカケは、ハリウッドでの旅行業を研究されている特別講師の講義です。詳しくは別の機会にお話ししますが、私の今は、ある日のハリウッドでの1講義を応用することで出発したのです。

Q4:2年間の学生生活を振り返って

私の人生で最も学んだ時代です。
特に、理事長先生の「日本文化論」での近江商人のビジネス論や、長寿企業研究には心を忘れがちな〈ビジネス〉に大切な柱を建てて頂いたと感じております。また、メイクなど実技の先生には学校の枠を超えて、私の指導するコーラスになんども足を運んでいただきました。理論立てたステージメイク論は、目から鱗。発表会では20歳若く見られると、評判を呼んでいます。

Q5:これから入学を検討されている方にメッセージをお願いします。

ここには六本木という最高のトレンドが行き交う立地にあり、無意識のうちに様々な刺激をもたらします。これは都心の学び舎でしかありえません。そして技術・学術両分野で美容とビジネスの最高峰が学べる指導陣がいらっしゃいます。私がハリウッドの門を叩き、人生が広がったように、きっとここでの2年間はかけがえのない宝物となるはずです。迷っているならば百聞は一見にしかず。ぜひ飛び込んでみてください。